コラムを読む楽しみ

メディア

定年後、市立図書館で新聞各紙に目を通すのが日課になっています。特に、各社の名文家が競う1面コラムを読み比べるのが楽しみです。2月12日付の東京新聞・筆洗の書き出しにはつい引き込まれました。

昭和40年代の話だろう。作家の三島由紀夫が深夜、講談社の「少年マガジン」の編集部にやってきたそうだ。編集部員はさぞ驚いたに違いない。なにかと思えば「マガジン」がほしいという。三島は毎週、欠かさず発売日に買っていたが、この日は映画の撮影のため、買いそびれてしまい、直接、買いにやってきた▼当時ならお目当ては『あしたのジョー』か

壮絶な割腹自殺を遂げた文豪と少年漫画の意外な組み合わせから、筆者は違法な「早バレサイト」批判へと筆を進めていきます。達者ですがこの逸話自体はよく知られているらしく、6年前の日本経済新聞・春秋も「ネタバレサイト」に警鐘を鳴らす記事の中で使っています。

1969年夏、東京・音羽にある講談社での出来事。真夜中、「少年マガジン」の編集部に、男がぬうっと入って来た。見間違えるはずもない。作家の三島由紀夫だった。三島はこう言った。「マガジンを売ってほしい。『あしたのジョー』を、明日(あした)まで待てないんだ」

使い回しはけしからん、などと野暮を言うつもりはありません。同じ素材を名手たちがどう料理するかを見比べるのもまた、密やかな楽しみです。

この2月は、指揮者の小澤征爾さんを悼むコラムが目につきました。2紙が、若き日の小澤と作家の井上靖の出会いの場面を引いています。

小澤征爾さんは20代、パリでの武者修行時代に作家の井上靖と初めて会った。帰国して活動するつもりだと告げた小澤さんに、井上は「(小説は)翻訳されるが、指揮はお客さんにその場でわかってもらえる。絶対こっち(海外)でやるべきだ」と説き、方向が固まったという。(11日付毎日新聞・余録 )

青年はこう打ち明けた。指揮者の国際コンクールで優勝したが、このままでは食べていけない。(中略)井上は遮った。自分の書いた小説が海外で読まれるのは、翻訳家がいるからだ。音楽は違う。「どこの国に行っても通訳なしで、じかにお客が聴いてくれるじゃないか」。世界で勝負しなさい、と。(12日付産経新聞・産経抄)

迷える青年が「世界の小澤」へと歩み出す転機になった出会いです。こんなドラマは滅多にありません。それにしても、1日違いで同じエピソードとはさすがに珍しい。産経抄の筆者が出来栄えによほど自信があったか、いまさら手直しできなかったのか。顛末をあれこれ想像しながらニヤニヤしています。

コメント

タイトルとURLをコピーしました